2016年 1月16日〜31日
1月16日 ルイス〔ラインハルト〕

 今年の休暇はゴタゴタした。
 アキラがベガスに行きたいと言い出したのだ。

 OMG。バカげている。素人が飛行機に乗って自らカモられにいくなんて。

 説得の結果、彼はあきらめたが、後味がよくない。ラインハルトに言うと

「おまえ、それは早晩破局だぞ」

 と脅してきた。

「かたっぽがじっと我慢し、折れ続けた結果、ある日、爆発するんだ。そしてふたりは破滅。おまえ、いつも旅行先自分の希望を通してないか?」

「……」

 たしかに。猿の入る温泉はおれの希望だ。


1月17日 ルイス〔ラインハルト〕

 おれはアキラに言った。

「ベガスにしよう」

 おれがサイフを握っていればいい。適当に負けるよう仕向ければ、二度と行かないだろう。
 アキラは言った。

「そんなに行きたくもなくなったよ」

「無理すんな。おれのために行きたいとこにも行けないなんて、そういうのはナシにしたいんだ」

「おれはアリでいいと思うよ」

 アキラは言った。

「家族なんだから当たり前だろ」

「――」

「でも、そういうところ、おれホントにおまえが好きだわ」

 顔が熱くなった。おれも好きだ。
 それに、家族って――。


1月18日 アキラ〔ラインハルト〕

 おれはご機嫌で出勤した。

 仲直りの後、ふたりともめちゃくちゃ盛り上がった。終わってからも、ルイスが手をつないできて可愛かった。
 そんなに猿のいる温泉が好きなら、毎年連れてってやるって。

 なんて、ニヤニヤしつつ、昨日のことを思い返して、おれはふと不思議になった。
 ルイスがうれしそうにため息ついて『家族か――』と言ったのだ。

 思い起こして愕然とした。
 あれ? おれ、まだプロポーズしてないじゃん! 


1月19日 ウォルフ〔ラインハルト〕

 出張から戻ったら、空のワインの瓶がキッチンに林立、洗濯物が山、部屋に綿ぼこりがころがっていた。

「片づけて」

 ラインハルトは腰に手を当てて言った。

「これは、おれをおいてクリスマスをドイツで過ごした罰」

「仕事だろ」

「ハロウィン、クリスマス、おれはひとりだった」

「だから仕事」

「おれがクリスマスにひとりだった事実に変わりはない。ウォルフガング・トーマス! おれはいつも折れてる。おればっかり。もう限界。爆発する! 3、2」

 わけがわからないが、とにかく皿を洗った。


1月20日 セイレーン〔わんごはん〕

 今日は庭でバーベキュー。小さい日本のバーベキュー・コンロでヤキトリや貝を焼きます。

 これがうまいんだ。アッツアツのヤキトリを前歯で引き抜いて、ホガホガ言いながら食べると、勝手に顔が笑えてきます。
 ご主人様も日本酒を手につきあってくれます。

「おまえとこうしていると、本当に幸せだなあ」

 欠点は寒いことです。ご主人様は絶対にこのコンロは室内で使っちゃいけないというので。
 一度試したら、庭にコンロをコンクリで固められてしまいました。


1月21日 ラインハルト〔ラインハルト〕

 クリス・リッツというやつは、いつまでたってもガキだ。

「ラインハルト。おかしくないか? 短期間に二度ものドイツ出張」

「なんか事件があったらしいよ」

「二度もか? 急に? これまで何もなかったのに?」

「ひとり退任」

「あそこは若いスタッフが多い」

「――」

「北欧のブロンドとか」

「ふむ」

「トルコ系の美形とか」

「――」

「それにウォルフみたいなマジメな男って女性にもモテるし、案外」

「クリス」

 おれは聞いた。

「またフラレたのか」

「……」

 クリスは少し黙り、しょんぼりうなずいた。


1月22日  巴〔犬・未出〕

 おっちゃんが帰ってきて、いっぺんに家がにぎやかになった。

 彼ひとりで十人分ぐらいしゃべる。お友だちの愉快話から、日本のニュース、宇宙技術から縄文土器まで。

 夕食時には頭が少しワーンとなって、耳をふさぎたくなる。一応察してはいるようで、

「あ、うるさいか?」

 おれも遠慮なくうなずく。

「うるさかったら、うるさいって言っていいんだぞ。おれ、負けないから」

 負けないのかよ。
 うるさいし、ノリはいいし、手がつけられない。やれやれと思いつつ、やっぱり飯がうまい。


1月23日  ライアン〔犬・未出〕

 冬はいい。
 コーヒーの馥郁たる香りのなか、ひとり静かにチェスを楽しむ。

 対戦相手は古えの名人の棋譜。沈黙の熱戦。窓から入る新鮮な冬の陽が涼やかな駒の影を盤に投げかける。

 そして、足をあたためるのは当然、コタツ。コーヒーサーバーは座椅子の後ろに常備。カキの種のおかわりとともに。

「これでトイレに行きたくなけれ完璧なんだが」

「ライアン、たまにはおれ、部屋の掃除したい」

 タクがもにょもにょ言うが無視。コタツある限り、我動かじ。


1月24日 マキシム〔クリスマス・ブルー〕

「前も素敵だったが、最近、さらにセクシーになったな」

 ジムでルノーが冷やかす。
 前はこういう冷やかしが大嫌いだった。ゲイに好かれる自分のゴリラっぽい体型も、ゲイっぽい神経質な顔も好きじゃなかった。髭剃りの用がなかったら鏡も見たくない。

 だが、たしかにこのごろ、体型をチェックするようにはなっていた。
 おれの裸を見ると、ヒロが喜ぶからだ。

 あいつはホントにスケベだ。でも、幸せそうに鼻の下を伸ばしているのを見ると、そうそう幻滅させたくないと思ってしまう。


1月25日 アンディ〔フィル・ゲーム〕

 ジルは意地悪だ。
 帰った時、やつがクレープを食っていたから、おれにもひとつ、と言ったら

「何甘ったれてんだ? なんでてめえに作ってさしあげねばならねえんだ? 自分で作れバカ」

 三倍ぐらい罵られた。ちょっと一枚、焼いてくれればいいのにさ。
 おれがしかたなく生地を焼きはじめると、

「厚いよ、バカ。穴開けんなバカ。今まで何見てたんだクソバカ」

 またガミガミ。結局、おれの生地を丸めて捨て、一枚焼いてくれた。

 どうせ作ってくれるんだからさ。ガミガミを省いてくれりゃいいのに。


1月26日 カシミール〔スタッフ・未出〕

 今日は個人的にうれしいことがあった。
 長く面倒を見てきた犬が売れたのだ。もうすぐ地下リストに入るところだったからうれしかった。

 犬が売れるのは当たり前。でも、気分がよかったので船長に言ったら、彼は大げさによろこんでくれた。

「よかったなあ。よし。じゃ、今夜はディナー奮発しよう。あのウイスキーも開けちゃおう」

 祝うほどのことでもない小さいことだ。
 が、うれしい時、よかったなと言ってくれる相手がいるのは、ひとりの時よりうれしさが濃くなる感じだ。


1月27日 フィル〔調教ゲーム〕

 風邪でダウンしました。
 咽喉が痛み、唾を飲むのもつらいです。

 さらにランダム。こいつは部屋に来て、音の出る絵本で遊んでくれるのです。絵を押すとピーピーブーブー。

「出て」

 出てというと出るのですが、3秒後また入ってきます。

「エーリック!」

 咽喉が痛いのに。
 エリックが連れ帰って5分後、また戻ってきました。

「おい」

 彼はぼくの手に何かを押し付けて逃げました。

(もう)

 見て、力がぬけてしまいました。そこにあったのは彼の好物、ヤクルト。

 笑わせないでほしい。咽喉が痛いんだから。


1月28日 イアン〔アクトーレス失墜〕

 最近、ひとり面倒くさい客がいる。

 犬遊びにかこつけて、スタッフにちょっかい出す手合いだ。さりげなく、マフィアのボスと住んでいるといってもあきらめない。

 これがこの職場の面倒くさいところだ。おれなぞつけまわして何が面白いんだか。

 おれはたいして面白い男じゃない。レオがいなければ、休みの日にはすることもない。洗濯するか、酒飲んで寝てるだけだ。
 レオに聞いてみた。

「おれといて退屈しないのか?」

「んー」

 レオはパスタを茹でながら言った。

「おれは退屈しない男なんだよな」


1月29日 イアン〔アクトーレス失墜〕

 レオは言った。

「でも、おまえが退屈な人間かどうかというなら、まあ、イエスでノーだな」

「……」

「おまえはモノを考えるタイプじゃないからな。野望を持って世の仕組みを作って行く人間じゃない。研究者でもないし、社交力もない。要は命令を受ける兵隊なんだよな」

 その通りだと思ったが、やはりうれしくはない。

「が、おれにはそこが面白いわけよ。欲が薄くて、旦那の作るパスタ一皿で満足して、何ねだることもなく寝ちまう。それで満ち足りちまう。一生、パスタ茹でてやりたくなるだろ?」


1月30日   劉小雲〔犬・未出〕

 そろそろ春節です。
 京劇のヤンやアピンも卒業してしまい、いっしょに春節を祝う仲間もいなくなってしまいました。

 別に祝わなくてもいいのですが、何もないのもつまらない。餃子を包むのは面倒だけど、元宵団子ぐらい煮ようかな。
 でも、ひとりで団子食べてもよけい寂しいな。

 なんて、もの憂く考えていたら日本から電話がありました。

『今年は盛大に爆竹を楽しませてやるよ』

「帰って来るんですか? 爆竹、前怒られたじゃないですか」

『ふふふ。横浜中華街』

「え」

『ご招待。すぐ支度しな』


1月31日  ロビン〔調教ゲーム〕

 家中、風邪が蔓延している。発生源はフィル。

「失敬な。ぼくは自分の部屋に閉じこもって、こうならないように気をつけていたぞ」

 しかし、フィルの不在を気にしたランダムが部屋に出入りし、ランダムをかまいたがるエリックに感染し、エリックの寝床に入り込んだアルに伝染った。

 こいつは最悪だった。くしゃみしはじめた頃、みんなに抱きついてまわった。残り全員が落ちた。
 おれはフィルに言った。

「というわけで、ミスター・バイオハザード。きみが夕食当番だ」

「きみらバカだろ」


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